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これまで全国区、というか、地元というものにはこだわらずに活動してきた。仕事があれば上から下まで、法人や代理店から個人まで。
もちろん、今後も地元だけにこだわるわけではないが、初めて地元の荒川区に集中して活動をしてみたいと思った。 2025年の10月、プチ引退して、あまった時間を全国区に使うのをやめて、地元荒川区でなにができるかを考え始めた。まぁ昔から、早々引退してローカルとかもう少し狭い世界でじっくりと写真撮影に取り組みたいと考えていたので、いきなり思いついたわけでもなく。 その理由は主に2つ。 1. 生まれてからすぐにオランダやアメリカに行き、育ち、コンプレックスがあった。入谷で生まれたのだが、大学で帰ってきてからずっと神奈川や世田谷で生活していて、いつかは荒川区に戻ってきたいと思っていた。そして10年前にようやく荒川区にも家を買い、それを機に荒川区を地元として取り戻すべく、地元フォーカスのカメラマン活動を始めた。 2. 表裏一体的に、そもそもB-to-Bの仕事がしっくりこなかった。企業の担当から「ありがとう」と言われても、しょせんは会社のお金。個々の家庭で子どもの七五三をお金を出して撮ってもらうのとは違う。「ありがとう」の重みはどうしても後者にあるような感じがぬぐえなかった。地元にフォーカスして、「ありがとう」の重みを感じる撮影を残る人生やりたいと思った。 そんなこんなで、今色々と地元企業や政府団体と動いている。どんな形で地元貢献ができるか模索中。 もちろん、これまで通りの企業撮影や代理店経由のお仕事もいただいているが、もうお金儲けはいいかな、と、時間があるなら地元での撮影に使いたいと考えている。 #荒川区写真撮影 #台東区写真撮影 #文京区写真撮影 #荒川区のカメラマン #荒川区の写真家 #荒川区の子ども撮影 #荒川区の七五三撮影 #荒川区の家族撮影 #荒川区のニューボーン撮影 #荒川区のマタニティー撮影
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三遊亭好楽師匠をしのぶ亭でインタビュー 荒川区観光大使 三遊亭好楽師匠インタビュー 引退後はカミさんとの思い出いっぱい『しのぶ亭』で寄席と宴会 荒川区観光大使の三遊亭好楽師匠に何気ないお話をうかがってきた いまさらだが、まずは軽く三遊亭好楽師匠のご紹介。 師匠は1946年豊島区生まれ。その後長く荒川区に住んでいたが、今はご自身の演芸場『しのぶ亭』を作るために見つけた台東区は池之端に居を構える。落語家が席亭になることは非常に珍しいことだが、師匠にとってはお客様やお弟子さんとの関わりの場として『しのぶ亭』を作ることは夢だったと言う。しかし台東区に居を移した今も、無料の落語会である『荒川ふれあい寄席』を支援したり、荒川区の観光大使をつとめたりするなど、荒川区のPRや文化振興に貢献されている。 さて、師匠は銭湯がお好きで、私も荒川区内の銭湯で何度かご一緒させていただき、何度か湯につかりながらお話をさせていただいたことがある。しかし、たまたまお湯の時間が一緒になって他愛もないことを話して楽しむのではなく、しっかりとお時間をいただいて師匠のお話をうかがうのは今回が初めて。『しのぶ亭』の呼び鈴を鳴らすと、お弟子さんかマネージャーさんが出てくるかと思いきや、起きたばかりだと言う師匠が直接出迎えてくれた。 そして早速『しのぶ亭』に通していただき、本日お時間をいただいたことに対する御礼を述べる間もなく、師匠のトークが始まった。寝起きでもあると言うのに、さすが噺家。 続きはこちらの寄稿サイトで。 |